子どもが自分の思い通りにならないときは、怒るべきか否か問題の答え

子どもが自分の思い通りにならないときは、怒るべきか否か問題の答え

みなさんは、怒られて伸びるタイプですか?

それとも褒められて伸びるタイプ?

今日は人事部として職場復帰して早くも3週間が経とうとしている今、ふと気がついたことについて書きます。

先の質問に対する僕なりの答え

僕が聞かれたら迷わず、褒められて伸びるタイプ!と答えます。

なぜなら、褒められたいから。

どっちが伸びるか、ではなく、どっちが心地よいかという指標ですね笑

だって自分が伸びている時ってなかなか自覚ないし、過去に「成長したなー!」って思える出来事があっても、怒られる or 褒められる に関してはあんまり一貫性が無いと思っています。

なので、どっちが伸びるかよく分からないけど、せっかくなら褒められたいので、褒められて伸びるタイプ、ということにしておきましょう。

同じような質問で、自分の子供が、親である自分にとってしてほしくないことをした場合にどう対応すべきか、というものがあります。

「悪いこと」や「他人に迷惑がかかること」ではなく、「親である自分にとってしてほしくないこと」という言い方を敢えてしているのには、理由があります。

それは、親が子供を叱る時は、自分のメンツを守るためにやっていることが多いんじゃないかと思っているから。

自分はそうなりたくないので、「親である自分にとってしてほしくないこと」という言葉を使って、自戒しているわけです。

今後、誰かに対して怒ることや怒られることは少なくなっていく

話を戻します。

問いを言い換えると、自分がして欲しいことを子供にしてもらうためには、どうすればいいのか、という話。

怒るのか、褒めるのか、はたまた別の手段をとるのか。

結構難しいですよね。

僕の考えは、怒るのではなく、褒めたりおだてたりするのがいい、です。

理由は、「他人から自分に向けられた怒りへの耐性が、今後なくなっていくから」です。

今日遭遇した出来事をもとに説明します。

僕は今、人事部として新入社員研修に携わっています。

人事部にいると、社内の人から「今年の新入社員はダラシない!」とか「マナーを知らない!」ということをよく言われるそうです。

僕はまだ直接言われたことはないですが、今日もその類の事案がありました。

このとき僕は、「気がついたらその場で注意してくれたらいいのに」「別にそのぐらいいいんじゃない?」と思いました。

前者は指摘した人の情けなさに、後者は常識の世代間格差に対しての思いが表れているのだと思います。

前者はしょーもないので置いておくとして、後者は結構大事なんじゃないかと思っています。

価値観の多様化は怒りの発生件数を減少させる

近年、時代の流れが早くなってきているのは自明ですが、それに応じて個人の価値観も多様になってきて、共通の常識も無くなってきています。

だから、若い人ほど、自分とは違う価値観に出会ったときにも、「まあそんなもんか」と受け止めたり、あるいは受け流したりするようになる。

結果、誰かに対して怒るとか、怒られるという体験が減っていきます。

一方で、その変化に対応できない世代は、いつまで経っても、異なる価値観に出会ったときに、怒ったり、矯正しようとしたり、マウンティングをしようとしたりする。

怒られたことがない世代は耐性が無いため、反発したり、無視したり、負の感情が湧いてきます。

その世代の価値観が正解だった時代ならそれでも良かったですが、今は明確な正解なんてない時代です。

つまり、他人ではなく、自分が楽しいとか嬉しいとか思えることが正解としてもいい時代なんです。

そんな中、自分の思い通りにならないからといって親が怒ってばかりいると、子供は怒られないために自分の楽しさよりも他人の正しさを重要視するようになってしまうと思うんです。

最後に

これは、これからの時代を生きる人にとっては、致命的な欠点となります。

AIやロボットが働いてくれるようになったら、人間は如何に楽しめるか、だけを考えていればよくなるからです。

自分は絶対にそうならないようにしますし、息子にも自分の楽しさを追求する人になってほしいと願っています。

今日は、子供や後輩が、自分の思い通りにならなかったときに怒ってしまっても、損するだけだ、という話でした!